リレーエッセイNo.16 「一人ひとりの育ちと生活に基づくこどもの意思の尊重を問い直す『障害児支援におけるこどもの意思尊重・最善の優先考慮の手引き』を手掛かりとして 宮﨑豊先生」
日本子ども健康科学会事務局でございます。平素より当学会にご高配を賜りありがとうございます。
リレーエッセイ第16回目は、玉川大学 教育学部 乳幼児発達学科 教授 宮﨑 豊先生です。
一人ひとりの育ちと生活に基づくこどもの意思の尊重を問い直す
「障害児支援におけるこどもの意思尊重・最善の優先考慮の手引き」を手掛かりとして
私は、一人ひとりの子どもの“いま”が豊かになること、子ども同士が認め合い、育ち合うインクルーシブな教育・保育の実現を願い、実践の場で研究に取り組み、その一環として自治体独自の巡回保育相談にも携わっています。その中で、子どもの意思を尊重すること、子どもにとっての自己決定の機会が、その後の遊びや生活の豊さ、育ちそのものにも影響を与えることを強く感じることが多くあります。
以下、一人ひとりの子どもの意思の表出を育み、それを尊重することの大切さを改めて考えてみたいと思います。
◯障がいのある子どもの一人ひとりの意思を育むことからはじめる
障がいのある子どもは自分の意思を言葉や表情、動作で表すことが難しかったり、表出が弱かったりすることがあります。また、大人が想定する方法とは異なる形で意思をしめすこともあります。そして、心の快・不快の状況が自分の意思であることに気づくまで時間がかかる子どももいます。
たとえば、子どもの遊びに着目してみます。毎日、同じ場所で、同じ遊びを繰り返している様子があった場合、この遊びをどのようにとらえるのでしょうか。“この遊びが好きなのだろう” “一人で居たいのだろう”“この遊びをすると安心するのだろう”などととらえることもできるでしょう。しかし、それは、本当に子どもの意思なのでしょうか。子どもに向き合っての判断であるならば一つの理解につながりますが、大人の持つ知識や経験による判断を優先させているならば、子どもの本当の意思を見落としてしまう可能性もあります。こうした遊びを観察すると、子ども自身が“<こうしたい>と思って遊んでいる”のか、それとも“<こうせざるを得ない状況の中で遊んでいる>”のかを見極めることが難しい時があります。この理解の違いは、援助にも影響を与えます。障がいのある子どもの中には、自分の経験を積み重ね、遊びを次へと広げることが難しいことがよくあります。そして、そのことに気づくこともなく、同じことを繰り返していることもあります。このような場合、大人の考えるステレオタイプの判断を優先させるのではなく、新たなる関係性を築きながら、意思を確認し、尊重する方法を模索することが大切になります。
こうした理解と援助のあり方を示しているのが、令和6年8月にこども家庭庁より発信された「障害児支援におけるこどもの意思尊重・最善の優先考慮の手引き」です。この中では、専門性のある者が子どもとの関係性の中で、“子ども自身が意思に気づくという<意思の形成>の支援”をすること、そして“<意思の表出>の支援”をすること、最終的には“<意思の実現>につながる支援”をすることの大切さが示されています。スモールステップを踏むことで、伝える力を育み、意思を表出することができるようになるプロセスが明らかにされています。
◯ “子どもの権利条約”と“医療における子ども憲章”に学ぶ
日本では、約30年前に“子どもの権利条約”に批准し、権利に関する社会的な取り組みを進めてきました。時を経るとともに、さまざまな専門分野で特性のある動きも見られるようになりました。関連が深いところでは、日本小児科学会が2022年に発信している“医療における子ども憲章”が挙げられます。この憲章は、すべての子どもが医療を受けるときに大切にされる11の条文から構成されています。インフォームドコンセントの視点が加えられ、自分の病気や治療の方針を知る権利、病気に向き合う自分の気持ちを伝える権利など、子どもの意思の尊重の視点が反映されています。そして、こうした意思の尊重が病気に向き合う力にも深く関わることが明らかにされています。
病気の時であっても個人が大切にされ、個人の意思が尊重されるべきことは、医療に携わる大人は認識していますが、社会全体には浸透していません。子どもの意思の尊重の重要性を広く周知することが求められます。
◯ 子どもの育ちを支える社会づくりとの関わりから
こども家庭庁の創設以来、“こどもまんなか社会”の実現に向けた動きが進められています。その中で、今を生きるすべての大人に「はじめの100ヶ月の育ちのビジョン」が発信されました。これには、妊娠期前から就学後1年までの100ヶ月に大人や社会が大切にすべきこと、社会の変革が求められていることが描かれています。このビジョンにも、“こどもの権利と尊厳を守ること”という視点が盛り込まれています。乳幼児期から、子ども個人の意思が尊重されること、共に考え、取り組む大人がいることが、その後の育ちに大きな影響を及ぼすことが明らかにされています。そのため、私は、このビジョンの視点にも強い関心を寄せています。
◯ まとめにかえて
これまで、育ち方、生活スタイル、コミュニケーションの方法が多様であっても、子どもに関わる大人が一人ひとりの意思の表出を育み、それを尊重することの重要性を言及してきました。「はじめの100ヶ月の育ちのビジョン」は、原子先生が綴られているような新たなる可能性、未来のある就学前教育・保育の今後の羅針盤にもなるものです。このビジョンでは、「生涯にわたるウェルビーイング(身体的・精神的・社会的に幸せな状況)の向上」には、幼児期の生活と学びが重要であるとされている、学際的な知見を以て訴えています。
子どもにかかわるすべての専門職が、このビジョンと子どもの意思を尊重することの大切さを広く周知することが求められるでしょう。
1)「障害児支援におけるこどもの意思尊重・最善の優先考慮の手引き」
https://www.cfa.go.jp/assets/contents/node/basic_page/field_ref_resources/7692b729-5944-45ee-bbd8-f0283126b7db/a14c5632/20241101_policies_shougaijishien_shisaku_guideline_tebiki_15.pdf
(最終アクセス2025/03/31)
2)医療における子ども憲章
https://www.jpeds.or.jp/modules/guidelines/index.php?content_id=143
(最終アクセス2025/03/31)
3)「はじめの100ヶ月の育ちのビジョン」
https://www.cfa.go.jp/assets/contents/node/basic_page/field_ref_resources/6e941788-9609-4ba2-8242-42f004f9599e/e8bc8f9f/20230928_policies_kodomo_sodachi_11.pdf
(最終アクセス2025/03/31)
玉川大学教育学部乳幼児発達学科 教授 宮﨑 豊