リレーエッセイNo.12 「少子化時代の中の小児医療 伊藤浩明先生」

日本子ども健康科学会事務局でございます。平素より当学会にご高配を賜りありがとうございます。

リレーエッセイ第12回目は、あいち小児保健医療総合センター センター長 兼 免疫・アレルギーセンター長 伊藤浩明先生です。

最近、本学会の活動から少し遠ざかりそうになっていたところに、このリレーエッセイのご依頼を頂きました。せめてもの罪滅ぼしに、最近立場上痛感していることを綴ってみたいと思います。

 私はもともと小児科の中でもアレルギーを専門としており、2001年あいち小児保健医療総合センター開設とともに、アレルギー科を立ち上げました。初代センター長が本学会の顧問である長嶋正實先生で、当時としては最先端で注目を集めた「子どもの療養環境」を重視した、病院らしくない病院でした。
 その後23年が経過し、センター全体としては小児救急・集中治療・心臓外科など高度急性期医療に軸足を置く「病院らしい」部分が大きく発展しました。私自身はコロナに突入した2020年からセンター長を拝命し、その荒波にもまれながら、小児医療全体に目を向ける立場に立たされました。アレルギー科の診療はこれまでと変わらずアクティブに行っていますが、センター長の立場から見ると患者数も収益も小さい診療科であり、肩身の狭いところでもあります。

 言うまでもなく、日本人の出生数は急激に減少し、2024年度は68.5万人ということです。出産適齢人口自体が減少しているので、この傾向を止めることはできません。
 さらに、1人の女性が一生涯に生む子どもの数(合計特殊出生率)は1.15。世代人口は1世代ごとに半減していく計算です。これは、人々の大半が長男又は長女となり、兄姉を見て要領よく成長した弟・妹は希少人種となることを示しています。これが、ちょっとひ弱な男性と、強い女性の割合を増やしているのではないか、というのは、強い姉のいた弟として育った私の勝手な邪推です。
 この状況は、日本人が大切にしてきた「家系」の絶滅にも直結します。その意味では、そもそも戸籍に永続性はなくなり、ジェンダーフリーの婚姻を認める流れも、自然なことかもしれません。

 こうした時代の中で、小児医療は揺れ動いています。まず、各種ワクチンの発展に伴って感染症が激減し、一般小児科に入院する子どもは大きく減りました。さらに、現在急速に進んでいる出生前遺伝子スクリーニングによって、一部の染色体異常を持つ子どもの出産が抑制されることが、現実味を帯びてきています。
 こうした影響をまず受けるのは、小規模な病院小児科です。患者数の減少によって、経営的にも小児科医の人的配置としても、一般小児医療の縮小は避けられません。これは小児内科に限らず、外科系各科でも同様です。若い外科系医師における小児疾患の経験値は低下し、多忙かつ収益性の高い成人の診療に軸足を移し、小児患者は手放す傾向になるでしょう。
 当センターでも、愛知県における救急搬送体制の充実もあって、集中治療室に入るレベルの重症患者の転院搬送をより早く受け入れる集約化が、急速に進んでいます。高度で安心・安全な医療を求める国民の期待水準が上がり、治療の結果責任を強く求められる風潮も、この流れを後押ししています。
 こうして、小児医療は地域の基幹施設へ、さらに小児専門施設へと集約化が進行することが予想されます。これは、少子化時代に小児病院が生き延びる頼みの綱でもあるのですが、過度な集約化は、地域で完結できる小児医療の水準を低下させていくことも懸念されます。

 こうした中で、小児医療は二極化が進むと予想しています。1つは、大学・小児病院・基幹病院など高度医療を提供する施設。ただし、小児に高度な医療を提供すればするほど経営は赤字になる、というのが現在の医療経済です。もう一方では、小児保健、予防医療から快適なプライマリケアまでを提供する施設。小児病院では肩身の狭いアレルギー領域も、多くはこちら側に属することでしょう。
 子ども家庭庁ができて「子どもファースト」などと言われていますが、その視野の中に子どもの医療はあまり入っていないように感じます。自分の歩んできた小児医療の歴史が、すでに「古き良き時代」となり、良いタイミングでリタイアしたいと思っている今日この頃です。

あいち小児保健医療総合センター センター長 兼 免疫・アレルギーセンター長 伊藤 浩明

Follow me!

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA